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「なあ、資本主義っていうのどう思う?」
「崖っぷちに立ってるようなものですね」
「へえ…じゃあ、俺らの共産主義っていうのはお前に言わせると何なんだ?」
ロウドフはサンドイッチを頬張りながら聞いた
「資本主義の一歩先を行くものですね」
ゼニロフはサンドイッチを片手に持ち、テーブルに広げた書類に視線を落としたままで答えた
「えっ、それって…それ…崖っぷちから一歩…?」
「そのままの意味で捉えて頂いても結構ですよ」
二人きりの、昼食の時間だった
ロウドフは言葉の意味を一応は理解したが、本当にこれで合ってるのかと不安になっていた
丁度彼からは昨日の夕食の席で、資本主義の脆弱性について長々と講釈を聞いたばかりだったからだ
もっともロウドフはゼニロフが一方的にべらべらと喋るのをぼうっと聞き流していただけだったが
(彼に難解な話を理解出来るような賢さは無い、そもそも彼はゼニロフと夕食を一緒に食べたかっただけなのだ)
ゼニロフは、そんな彼の顔を馬鹿にしたようにじっと見つめながらサンドイッチをもぐもぐと頬張った
サンドイッチを食べ終わると彼は丁寧に口を拭いた
「あなたはどうせ主義思想など持ち合わせてはいないのでしょう、ですからそんな事を私に聞く必要など無いのではありませんか」
いつもの仏頂面で、どこか余裕のある口調だった
ロウドフは食い下がる
「そ、そうだけどよ。俺だってそういうの考えたくなる時とかあるんだよ」
「強いて言うならあなたはご都合主義です」
「うっ…」
ぴしゃりと図星を指摘され、ロウドフはばつの悪そうな顔をした
「しかしそれでいいと私は考えます、私達は上の言う通りに動くだけでいい。私にもあなたにもそういう能力しか求められていません。一介の官吏などそれで十分なのです」
「でも本当にそれだけでいいのかってたまに思うんだよなぁ…」
二人きりの仕事部屋で、低い天井を見上げる
ロウドフはまだ何か蟠りがあるようだった。少しふてくされた顔をしている
「…あなたが何を言いたいか知りませんが、私はあなたがもうこれ以上話さないことをお勧めしますよ」
「じゃあお前は何主義なんだよ」
ロウドフは顔をあげる
「主義など、それは飾りでしかありません。立場と考えを第三者に明確に示すものでしかない。しかしそういうものは掲げた途端に自分もそれに縛られてしまうものです。思想も行動すらもです」
「…何が言いたいか分からねえよお前」
「では私には掲げる主義は無いが考えはあると理解しておいて下さい」
ロウドフはへえ、と言った後にしばらく考えて、また下を向いた
「でもそれって思ってるだけで…行動はしないってこと?だよな…?」
「…?まあ、そうでしょうね」
ロウドフはゼニロフを見た
「心の中で思ってるけど行動しない奴ばっかりだ。でもそんなままじゃ、何ていうかこの国終わっちゃうんじゃないかってたまに思うんだけど…」
「そんなこと誰だって思っていますよ」
「えっ」
ゼニロフは懐中時計をジャケットの右ポケットから取り出した
「全くあなたはどこまでお人よしなんですか。さあ昼休みがあと32秒で終わります。早くそのサンドイッチを食べて下さい。それと私以外の前ではそういうことを言わないで下さいね。あなたの首が飛ぶかもしれません」
「そ、それってどっちの…」
「そのままの意味で捉えて頂いても結構ですよ。ではこの話は終わりに致しましょう」
そう言ってゼニロフはポケットに時計をしまい、書類をきちんと整理し直して席を立った
そしてジャケットを羽織り直し、先程の書類と付箋が沢山挟まれているファイルを持ってドアを開けてすたすたと出て行ってしまった
(私はもう少しあなたと仕事をしていたいのです)と心の中で呟いたが、勿論それは彼には聞こえていなかった
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労働が無防備に余計なことぺらぺら喋るから銭が呆れるの巻!でした
共産主義は資本主義の一歩先云々はソ連のジョーク集から(^o^)